嵐の大野くんが無責任だというのは「ブラック企業の考え方」そのもの。

2020年をもって嵐が活動を休止するというニュースが突然発表され、日本全国に衝撃が走りました。

活動休止に至った原因と言われているのが、リーダーである大野くん(あえて「さん」ではなく「くん」と書きます)の「自由な生活をしてみたい」発言です。

この発言はファンの中でも賛否両論あるようです。その中には「無責任だ」という意見も出ているようですが、僕はこの発言に対して強い違和感を覚えたのです。

「誰にとって無責任なんだろう?これって何かに似てるんだよな・・・

この違和感はどこから来るんだろうと思ってじっくり考えたところ、いくつか思い当たるものがありました。まず最初に、大野くんがファンに対して責任を負っている前提で話が進んでいる点です。

嵐という国民的アイドルユニットのリーダーなので、ユニットを束ねる責任やパフォーマンスのクオリティに対する責任はあると思いますが、それって活動休止とは全く関係がない話なのです。

「今まで自由の少ない環境で走り続けてきたので、しばらく自由な生活をしてみたい。」

一人の社会人が思う願望としては、ごくごく普通ですよね。僕でさえ何度も思ったことがありますし、誰もが一度は考えたことがあるはずです。

その願望をメンバーに打ち明け、議論し、ユニットとして活動を休止するという決断を下したわけです。休止までの時間もしっかり確保してあります。プロの仕事だなと褒められることはあっても、無責任と言われる筋合いは全くないでしょう。

次に思ったのは、「この話ってブラック企業の考え方と同じ」だということです。

有給休暇を使おうとしたら「みんな忙しいのに一人だけ休むのか」と突っぱねられる。辞めたいと退職を申し出ると「逃げるのか」「無責任だ」と責められる。よく聞く話ですよね。

これをファンの心境に置き換えてみると、

嵐が活動休止になる→悲しい→大野くんの発言がきっかけだと知る→周りのメンバーは被害者なんだ→大野くんのせいで活動休止になった→無責任だ

となるわけです。

こういう考え方は先程書いたようにブラック企業の考え方そのものなので、大野くんが自分の人生を犠牲にし、休止を取り下げることを願っているわけです。

でも、それって本当のファンじゃないですよね。本当のファンなら「自分の人生、楽しんで下さい!いつかまた嵐を見られる日を楽しみにしています!」と言うべきでしょう。

活動休止で自分の好きなユニットを見られなくなるショックでこういう発言をしたくなる気もわかりますが、どうせなら明るく送り出してあげましょう。

とはいえあと2年間は元気に活動する嵐を見ることができます。それまでは精一杯ユニットを応援しましょう!(コンサートチケット、超プレミア価格になりそうですね・・・)